もう悩まない!会社の人間関係

傷ついた心を回復させるには

 私が二十代半ばのころの話です。
 大切に思っていた人に深く傷つけられたことがあります。
 相手のことを大切に思えば思うほど傷は深く切り込むものです。憔悴しきった私は、もう二度と立ち直れないような気がしていました。
朝から晩まで泣き続け、食事ものどを通りません。家事をする気力もなく、部屋の中は荒れていきました。心が荒れれば荒れるほど、部屋の中も乱れていくのです。
 そんな日々が二週間ほど続いた後のことです。夏の夕立で、急に大雨が降りました。その激しい荒れ具合がまるで自分の心模様のようで、窓の外をただ呆然と眺めていました。
 ふと、窓の外のベランダに置いた折鶴蘭の鉢植えに目をやったところ、背中に鳥肌が立ちました。大事にしていた折鶴蘭がほとんど枯れかけていたのです。
 その折鶴蘭は、一人暮らしを始めるときに、母が大事に育てていたものを株分けしてくれたのでした。「邪気を払ってくれるから、部屋には植物を置きなさい」との言葉を添えて持たされました。
 以来、折鶴蘭には毎日せっせと水をやっていたのですが、心が傷ついてからは自分のことで精一杯で植物どころではなくなり、まったく世話をしていませんでした。それほど自分のことで頭がいっぱいになっていた異常事態そのときやっと気づかされました。
もう少し鉢の置かれている場所がずれていればたっぷりの雨水を得られたというのに、鉢はカラカラに乾いていました。ほしいものが目の前にありながらそれを得られない状態が、そのときの自分の境遇と重なって見えました。そして、この折鶴蘭は枯らしてはいけないと強く感じたのです。
 その日以降、折鶴蘭に欠かさず水やりをして、肥料をやり、回復を祈りつつ丹念に世話をしました。
 世話を再開してから10日ほど経ったある日のことです。もうダメだろうと思うほど枯れに枯れていた折鶴蘭に、緑の葉っぱが生え始めたのでした。まるで自分のことのように喜んだことを覚えています。自然の回復力には驚かされるばかりです。そして、折鶴蘭が元気になるにつれ、私の心もまた、穏やかな状態を保てるほど回復していきました。
 自然の回復力は、私たちが想像する以上に強いものです。私たちも動物である以上、自然の一部です。私たちに備わっている心身は、自分で思っている以上に強いものではないでしょうか。
時間は必要かもしれませんが、傷ついた心は回復していきます。私たちは皆、自分で回復できるだけの力を内在していることを信じていたいものです。

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